犬の血管肉腫
犬の血管肉腫
血管肉腫は、血管内皮に由来する悪性腫瘍です。
非常に悪性度が高く、高率に肺及び全身へ転移することが知られています。
血管肉腫が発生する最も一般的な部位は脾臓(図1)であり、脾臓に発生する悪性腫瘍の45-50%を占めると言われています。
その他に、右心房、肝臓、皮膚、皮下織がよく発生する部位です(図2)。
また、血管肉腫は被膜に包まれておらず非常に脆いため、破裂して出血したり、隣接する器官と癒着することがしばしばあります。
急性に血管肉腫が破裂して出血した場合は、致死的になることもあります。
図1.脾臓に発生した血管肉腫、青色矢印:脾臓に出来た腫瘤、矢頭:脾臓腫瘤が破裂した痕跡
図2.肝臓に発生した巨大な血管肉腫、黄色矢印:正常の肝臓およびその上部に胆嚢がある
診断
血管肉腫の原発部位により臨床症状は大きく異なります。
内臓血管肉腫(主に脾臓や肝臓等)によく見られる症状は、急性の衰弱ないし虚脱(いわゆるショック状態)です。
この場合、腫瘍破裂により腹腔内出血が起こり、粘膜蒼白、頻脈、不整脈、意識レベルの低下、触知可能な腹部腫瘤と腹水(血腹)等が認められ急死してしまうこともあります。
その他、嗜眠、食欲不振、体重減少、腹部膨満等の症状を示すこともあれば、健診時に偶発的に腫瘤を発見するなど無症状の場合もあります。
心臓血管肉腫は通常、心タンポナーデに関する症状である活動不耐、呼吸困難、腹水貯留、不整脈等を示します。
上記のように、症状は多岐に渡りかつ転移性の高い腫瘍であるため、全身の評価が極めて重要です。
通常、血液検査、胸部レントゲン検査、腹部超音波検査、心臓超音波検査を行います(図3)。
また、腫瘍が大き過ぎる場合や隣接臓器との関係性が分かりにくい場合にはCT検査も実施します(図4)。検査結果から、臨床ステージ分類をおこないます(表1)。
また、血管肉腫で明らかに多い血液の異常は貧血、血小板減少および凝固能の異常です。
その程度は症例により異なりますが、この腫瘍の約50%は播種性血管内凝固(DIC※)の基準を満たす凝固異常を示すと言われています。
血管肉腫の細胞診は血液による希釈と、凝固異常により出血が止まらない可能性があるため、診断に役立つことはほとんどないと言われています(原発性皮膚および皮下織の血管肉腫は例外)。
最終的な確定診断を下すには外科的生検が必要です。
※DICとは、腫瘍などの基礎疾患を有する動物において、全身の毛細血管の中で血栓ができ、多臓器不全におちいる病態の事です。DICは死亡率が高く怖い病態です。
図3.腹部超音波検査所見、脾臓に混合エコー性の腫瘤が認められる
図4.腹部CT検査画像、黄色矢印:肝臓に巨大な腫瘤が認められる。
表1.犬の血管肉腫の臨床ステージ分類
T原発性腫瘍 T0 T1 T2 T3 |
瘍が認められない 腫瘍の直径5cm未満、原発部位に限局 腫瘍が5cm以上または腫瘍破裂、皮下織に浸潤 筋肉をはじめとする隣接組織に腫瘍が浸潤 |
N所属リンパ節 N0 N1 N2 |
所属リンパ節への転移が認められない 所属リンパ節への転移が認められる 遠隔リンパ節への転移が認められる |
M遠隔転移 M0 M1 |
遠隔転移が認められない 遠隔転移 |
病期分類 Ⅰ Ⅱ Ⅲ |
T0またはT1, N0, M0 T1またはT2, N0またはN1, M0 T2またはT3, N0, N1またはN2, M1 |
治療
脾臓等に発生した内臓血管肉腫の場合、第一選択は外科手術による腫瘍の摘出です。
但し、腫瘍出血により虚脱状態に陥っている場合は、ショックに対する適切な治療を実施してから外科手術を実施します。
特に、重度の貧血、血小板減少、凝固異常が認められる場合は輸血が必須です。
心臓血管肉腫でも外科手術は可能です。多くの場合、心膜切除を実施し、心膜内に滲出液を貯留しないようにします。
また、可能であれば右心耳に癒着した腫瘍を切除します。周術期の死亡率は13%と言われています。
皮膚血管肉腫は、原発性の場合、十分なマージンを確保して外科的切除を行います。
一般的に血管肉腫は転移率が高く、外科的切除のみでは不十分であるため、全頭で補助的化学療法が推奨されています。
ドキソルビシン単剤のプロトコールが最も頻繁に使用されていますが、低用量の抗がん剤を用いたメトロノミック化学療法などのプロトコールもありますので動物の状態や飼い主様と相談して決定します。
免疫療法は補助的な治療として、効果が認められる場合があります。ほとんど副作用も認められません。
当院では、インターフェロンγによる治療を中心におこなっています。活性化リンパ球療法はおこなっていませんのでご希望があれば紹介致します。
血管肉腫は解剖学的位置の問題と高い転移率のために放射線療法はほぼ用いられません。
過去の報告で、緩和的な照射により局所の病巣を改善させることは出来るが、生存期間には大きな影響は与えなかったとあります。今後のさらなる研究が必要と考えられています。
予後
脾臓の血管肉腫に関して、外科手術のみの場合、生存期間中央値は19-86日と短く、予後は極めて悪いです。
外科手術と化学療法の併用で、生存期間中央値は141-179日です。
但し、この治療法でも1年生存率は10%未満です。
上記の外科手術+化学療法に免疫療法を加えると、生存期間中央値が273日まで延びたとの報告もあります。
肝臓や心臓の血管肉腫も脾臓の血管肉腫とほぼ同等の予後であると言われています。
皮膚血管肉腫に関して、真皮血管肉腫(真皮下への浸潤なし)の外科切除での生存期間中央値は780日、皮下織や筋肉の血管肉腫の生存期間中央値は172日、皮下織・筋肉への浸潤がある場合の生存期間中央値は307日です。