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膀胱の移行上皮がん

膀胱の移行上皮がん

移行上皮がんは犬において最も多い悪性の膀胱腫瘍であり、メス犬での発生が多いといわれています。好発犬種としては、スコティッシュテリア、ビーグル、シェットランドシープドッグなどが挙げられます。犬の膀胱腫瘍の発症を高める危険因子として、肥満、除草剤や殺虫剤への暴露などが報告されています。最も多い症状は、血尿、排尿困難、頻尿などで一般的な膀胱炎と同様です。稀に骨への転移や肥大性骨症により跛行を示すことがあります。

診断および臨床ステージング

血液検査と尿検査は必須です。腫瘍細胞が尿沈渣中に認められることがありますが、検出率は30%以下であり、診断的でない場合が多いです。転移の有無などを確認するのに胸部レントゲン検査を実施します。腹部単純レントゲン検査で膀胱腫瘤が確認できることは稀ですが、異常所見として腰下リンパ節の腫大、前立腺肥大、骨格への転移(特に腰椎)を認めることがあります。逆向性膀胱二重造影検査により腫瘍の位置を確認することもあります。超音波検査は非常に有用であり、腫瘍の有無や大まかな位置、膀胱以外の尿路への浸潤、領域リンパ節や他の臓器への転移の有無などを確認できます。
確定診断は、カテーテル吸引生検(病変付近で尿道カテーテルに陰圧をかけて腫瘍細胞を採取)や膀胱鏡検査による直接生検です。膀胱鏡検査は、直接生検が可能であること、病変と尿管開口部の位置関係を確認できること、尿道の状態を確認できることなどから非常に有効な検査法です。以上の検査所見を基に、膀胱腫瘍の犬猫に対して以下の臨床ステージングシステムが用いられます。

T: 原発性腫瘍
N: 局所リンパ節
M: 遠隔転移

膀胱移行上皮がんの大半が表在性であるヒトとは異なり、犬の移行上皮がんのほとんどは膀胱壁の筋層に浸潤する、T2およびT3病変であることが多く、さらに、56%が尿道へ波及し、29%が前立腺へ波及します。

治療

外科手術

膀胱移行上皮がんの治療は、腫瘍が膀胱三角部(尿管が膀胱に開口する付近)に位置することや尿道へも浸潤していることが多い事から、厄介なことが多いです。手術法としては、以下のものがあります。

膀胱瘻チューブの設置

膀胱三角部や尿道腫瘍による尿の流出路閉塞をバイパスするために行われる、緩和的な治療です。経皮的、開腹下あるいは腹腔鏡下で実施されます。合併症として、動物による自傷や劣化によるカテーテルの早期抜去、瘻孔部位での感染などがあります。

膀胱部分切除術

(写真1参照)

膀胱三角部から離れた位置に存在する腫瘍に対して、少なくとも肉眼的に正常にみえる膀胱粘膜のマージンを1cm以上とって腫瘍の全層切除を行います。多くは膀胱の約1/2~2/3の切除を実施します。あくまでも肉眼的に全切除可能な場合に行う手術です。この手術は、通常、根治目的とは考えられておりません。なぜなら肉眼的には完全切除できたようにみえても腫瘍の性質上他の部位に存在している可能性が高いからです。術後は、膀胱容積の減少により頻尿となりますが、通常、術後1~2カ月で畜尿量が回復し、頻尿などの症状は改善する傾向にあります。また、術後8~12カ月までに膀胱許容量は正常に戻るといわれています。合併症は稀ですが、膀胱切開部の裂開、腫瘍の播種、尿管閉塞などがあります。

膀胱全摘出術および尿路変更術(尿迂回術)

早期発見と早期膀胱全摘出術は、膀胱腫瘍の根治治療として最も可能性がある手術方法です。膀胱全摘出後に尿路の迂回術を行い、その方法には、尿管-結腸、尿管-皮膚、尿管-包皮、尿管-膣吻合などがありますが、従来報告のある、尿管-結腸吻合は、合併症率と致死率が高く、推奨されません。近年、本邦において、天然孔を利用した、尿管-包皮、尿管-膣吻合の有効性が報告されています。しかしながら、本術式にもいくつかの問題点を伴います。技術的な問題、麻酔時間延長による麻酔リスクの増大、術後の尿失禁(常に尿は垂れ流しとなる)によるQOL(生活の質)の低下、腎盂腎炎や尿路感染症の発生などです。長期生存例も報告されていますが、現在のところ、生存期間中央値は、6ヶ月〜11ヶ月です。ただし、今後の症例の蓄積により、さらに生存期間が延長される可能性もあります。

尿管ステントおよび尿道ステント

(図1および写真2参照)(図2、図3および写真3参照)

膀胱の移行上皮がんは膀胱三角部に発生することが多く、尿管開口部が腫瘍により閉塞され、水腎症をきたし、致死的な腎不全をきたすことがあります。その状態を予防あるいは治療する手段として、尿管ステントが設置されます。尿管ステント設置は、開腹手術と比べて、非常に低侵襲であり、動物への負担は最小となりますが、あくまでも緩和治療であり、QOL(生活の質)を改善する目的で実施されます。膀胱鏡を使用し、膣から逆向性に挿入する場合と、経皮的に腎臓を穿刺して順向性に挿入する場合があります。また、開腹下で挿入することもあります。尿道ステントは、腫瘍の尿道浸潤による尿道閉塞の治療を目的に経尿道的に実施されます。

放射線療法

現在のところ、合併症などの問題から一般的な治療ではありません。

化学療法

再発率や転移率が高いことから、長期的な寛解や治癒を得るために、化学療法が推奨されます。現在、推奨されているプロトコールは、ミトキサントロンとピロキシカムの併用で反応率は、35.4%で、中央生存期間は350日です。ピロキシカム単独投与でも約20%の犬は1年以上生存可能であることから、可能であれば(腎機能が正常であれば)ピロキシカムの投与を実施します。

※クリックで症例画像を表示

(写真1)膀胱部分摘出術を実施しているところ

(図1)両側尿管ステントを設置した症例の腹部レントゲン

(写真2)尿管ステントキット

(写真3)当院で使用している尿道ステントキット

(図2)雌尿道ステント設置後レントゲン

(図3)雌尿道ステント設置後レントゲン

予後

外科的減量または膀胱部分切除術後中央生存期間は86~142日で、1年生存率は54.5%です。ピロキシカム単独での治療による中央生存期間は195日です。補助的化学療法に対する中央生存期間は、カルボプラチン単独では、132日、シスプラチン単独では、130~220日、シスプラチンとピロキシカムの併用では、329日です。しかしながら、シスプラチンとピロキシカムの併用は非常に腎毒性が強いため推奨されません。避妊雌の犬は去勢雄の犬より生存期間が長く、中央生存期間はそれぞれ、358日と145日です。膀胱腫瘍のステージと予後は相関し、T3腫瘍の犬の中央生存期間は118日、T1またはT2腫瘍の犬のそれは218日です。また、N0腫瘍の犬の中央生存期間は234日であるのに対し、N1では70日です。さらに、遠隔転移を伴う犬の中央生存期間が105日であるのに対し、転移を伴わない犬のそれは203日です。残念ながら、ほとんどの犬は移行上皮がんの進行のために死亡します。しかしながら、適切な治療により、良好なQOLを維持したまま、長期生存する犬も存在するため、諦めてはいけません。

主な腫瘍疾患