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肛門嚢アポクリン腺がん

肛門嚢アポクリン腺がん

肛門嚢アポクリン腺がん(以下AGACA)は、肛門嚢(におい袋の様なもの)にできる比較的稀な腫瘍で、犬の皮膚腫瘍全体の約2%を占め、猫では極めて稀です。以前は、雌犬に多いとされていましたが、最近では、性差はないといわれています。局所浸潤性が強く、転移しやすい性質を持ち、一般的な転移部位は局所リンパ節(腰下リンパ節群)であり、約50%の症例で初診時に既に転移がみられます。時に非常に小さな肛門嚢の腫瘍が、非常に巨大な転移巣を形成することもあります。また、症例の約25~51%で腫瘍に起因する高カルシウム血症がみられることがあります(腫瘍から上皮小体ホルモン関連タンパクが放出されることによる)。症状は様々ですが、肛門周囲の腫大(特に4時と8時の位置)(写真1参照)、腫大したリンパ節に大腸が圧迫されることによるしぶり、便秘、便の形状変化(通常、平らになるかリボンのような形になる)、多飲多尿(高カルシウム血症による)、食欲不振、後肢の虚弱や跛行などがみられます。

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(写真1)肛門の8時の方向が腫れている(肛門嚢の腫瘤)

診断

通常、肛門周囲の入念な探索(視診や直腸検査など)により腫瘤を発見することができますが、中には小さすぎて発見できず、リンパ節の転移病巣や高カルシウム血症で気付かれることもあります。臨床所見と細針吸引(FNA)で、ある程度AGACAであることは予想できますが、確定診断は通常、切除後の病理組織学的検査になります。

臨床ステージング

身体検査では、直腸検査で肛門嚢腫瘤の確認、リンパ節転移の有無や直腸の狭窄の程度を確認します。高カルシウム血症の有無や他の併発疾患の有無の確認のために血液検査および血液生化学検査を実施します。場合によっては上皮小体ホルモンや上皮小体ホルモン関連タンパクの測定も考慮されます。肺転移は比較的稀ですが、可能性はあるため、3方向の胸部レントゲン検査は必須です。腹部超音波検査も必須であり、局所リンパ節、肝臓、脾臓などへの転移の有無を確認するのに非常に有用です。但し、骨盤腔内は超音波検査で確認できない場合も多いため、CT検査をお薦めしています(図1参照)。CT検査では腫瘍の脊椎(背骨)への浸潤や骨盤腔内の状況が非常に明瞭に観察できるため、その後の治療法を決定するのに非常に有用です。

(図1)腹部CT矢状断像。非常に腫大したリンパ節転移巣および肛門嚢の原発巣

治療

外科手術

外科的治療が推奨されます(写真2参照)。腰下リンパ節群に転移があっても手術適応となります。高カルシウム血症が存在する場合には、術前に生理食塩水による積極的な輸液や利尿剤の投与を実施し、腎臓からのカルシウムの排泄を増加させ、状態を安定化させます。腰下リンパ節群への転移があり、高カルシウム血症あるいは、しぶりや便秘がある場合には、肛門嚢の腫瘤とともに可能な限り腰下リンパ節群の切除を実施します。それにより、高カルシウム血症の改善や排便困難の症状の緩和が得られます。手術に伴う合併症は、出血、感染、便失禁、低カルシウム血症、肛門周囲瘻孔の形成などがありますが、腰下リンパ節群は血管が入り組んだ領域に存在するため、切除は比較的難易度が高く、致死的な出血の報告もあります。

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(写真2)左肛門嚢の腫瘤を切除しているところ

放射線治療

可能であれば、手術中に腰下リンパ節群に照射することで、将来的に転移病変が発現する危険性を最小限にすることができます。腫瘍の局所再発および腰下リンパ節への転移の危険性から、術後すべての犬に対して会陰部および骨盤領域への外部放射線照射が推奨されます。また、手術不可能あるいは再発症例などにも症状を緩和する目的で利用されることもあります。放射線照射に伴う合併症には、急性障害として、大腸炎、放射性皮膚障害、膀胱炎、尿道炎などがあります。晩発障害として、慢性大腸炎、腸穿孔、胃腸管の狭窄、膀胱の線維化、骨壊死などがあります。
注意点として、放射線治療を実施できる施設は限られるため、様々な理由から実施できないこともあります。

化学療法

AGACAの犬の転移率は高いため、術後、カルボプラチンやアドリアマイシンなどの補助的化学療法の実施が推奨されます。化学療法単独では、生存期間が短いため、通常、外科手術との併用で実施されます。

予後

報告により差がありますが、比較的最近の報告では、治療を受けた犬の全体の中央生存期間は544日です。予後因子には、腫瘍サイズ、高カルシウム血症の有無、肺転移の有無、治療法などがあります。腫瘍が10cm2以上の犬の中央生存期間は292日であり、10cm2未満の犬の584日より有意に短く、高カルシウム血症がある犬の中央生存期間は256日であり、高カルシウム血症のない犬の584日より有意に短いです。また、肺転移がある犬の中央生存期間は、219日であり、肺転移のない犬の548日より有意に短いです。治療法に関しては、外科手術を受けた犬の中央生存期間548日と比べ、外科手術を実施していない犬(402日)、化学療法のみで治療した犬(212日)で有意に短いです。

主な腫瘍疾患