はじめに
膝蓋骨は、膝の伸展の際に、大腿四頭筋の収縮をうまく脛骨に伝えるための滑車のような役割を果たしています。(膝関節伸展機構単位:大腿四頭筋-膝蓋骨-膝蓋靭帯-脛骨粗面)
膝蓋骨脱臼(patellar luxation :PL)は脱臼方向により、以下に分類されます。
- 膝関節伸展機構単位が滑車稜の内側に変位する膝蓋骨内方脱臼(Medial Patellar Luxation :MPL)
- 膝関節伸展機構単位が滑車稜の外側に変位する膝蓋骨外方脱臼(Lateral Patellar Luxation :LPL)
- 膝関節伸展機構単位が両方向に変位する膝蓋骨両方向性脱臼(Bidirectional Patellar Luxation :BPL)
MPLは小型犬におけるPLの約95%を占めており、そのうち約60%は両側の膝関節に発生します。
根本的な機序は明らかになっていませんが、PLの発生は、遺伝的素因に加え、骨変形、内外側の筋緊張の不均衡、外傷などが関与しています。
臨床グレード
MPLにおけるグレード分類は以下の通りです。
グレード1
徒手により膝蓋骨を脱臼させることが可能であるが、徒手による加圧を解除すると膝蓋骨は滑車内に整復される
グレード2
徒手により膝蓋骨を容易に脱臼させることが可能で、整復させるまで脱臼した状態が持続する
グレード3
膝蓋骨は恒久的に脱臼しているが、徒手によって整復することが可能である
グレード4
膝蓋骨は恒久的に脱臼しており、徒手によっても整復することは不可能である
臨床症状
グレード2-3
※一見無症状のことも多い
- スキップ様歩行
- 肢の挙上
- 膝関節の伸展屈曲(整復を試みる動き)
- 段差やジャンプを躊躇する
グレード4
- 膝関節を屈曲したままでの歩行
- 歩行困難
などが挙げられます。
診断
整形外科学的検査
- 歩様検査:上記の症状の有無を判断します。
- 膝関節伸展機構単位の機能障害の評価:起立時に脱臼した状態で腰部を上から押した時にすぐ座ってしまう場合や、後肢のみで起立させた状態で膝蓋骨を脱臼させた時に立てなくなってしまう場合は、膝関節の伸展機能障害が疑われます。
- 大腿四頭筋群の筋肉量の評価:筋肉量の低下が見られる場合は跛行を疑います。
- 膝蓋骨脱臼の方向やグレード分類:内側/外側/両側かの判断と、グレード分類による重症度の評価を行います。
- 脱臼時の疼痛や捻髪音の評価:関節炎、半月板損傷の可能性を考慮します。
- 後肢の変形の有無:大腿骨および脛骨の骨格変形が確認されることがあり、特にグレード4では重度な変形を伴うケースも多いです。
- ドロワーサインの有無:前十字靭帯断裂の併発があるかどうかを判断します。犬の前十字靭帯断裂の好発年齢は7-10歳が最も多く、小型犬において15.7%の犬がMPLと前十字靭帯断裂を併発していると言われています。また、グレードが高いほど前十字靭帯断裂を併発しやすい傾向があります(※1)。
X線検査
膝関節の前後方向および内外側方向のX線画像は、膝蓋骨の脱臼方向の描出、大腿骨および脛骨の骨格変形の程度、関節の変性性変化を評価するうえで有用です。
CT検査
MPLのグレード4において、X線検査による骨変形およびねじれの評価が難しい場合は、CT検査を実施することもあります。
治療
例外はありますが、グレード2以上かつ、跛行や伸展機能障害が見受けられる場合は手術が推奨されます。多くの症例では、以下の4つの手技を一度の手術で実施(「4 in 1」)します。
①滑車溝形成術
PLを発症している犬の多くは、滑車溝形成不全(図1)の病態を示しており、これに対する治療として当院では滑車ブロック型造溝術を行っております(図1、2)。
②脛骨粗面転位術(Tibial Tuberosity Transposition :TTT)
脛骨稜を骨切りし、膝蓋靭帯の付着部を外側に移動し、K-wireで固定することによって、膝関節伸展機構単位(大腿四頭筋-膝蓋骨-膝蓋靭帯-脛骨粗面)が脛骨の正面になるように調節する治療です(図3)。
③内側支帯および縫工筋前部のリリース
膝関節内側の軟部組織の緊張を解除する目的で実施されます。
④外側支帯の縫縮
膝関節外側のゆるんだ軟部組織の余分な部分を除去し、関節包を重層鱗状縫合により縫縮します。
※また、ルーチンではありませんが、重度の骨変形を認める症例や、4 in 1のみでは整復を維持できない症例では、⑤大腿骨および脛骨の矯正骨切り術を実施することもあります(図4、5)。
予後
術後合併症としては、再脱臼、癒合不全、感染、インプラントの破綻などが挙げられます。
- 術後合併症の全体的な発生頻度は18%で、再手術を必要とする重篤な合併症の頻度は13%
- 術後再脱臼の頻度は8%
- 脱臼のグレードが高いほど、術後合併症の発生頻度が高い
- 滑車溝形成術および脛骨粗面転位術(TTT)は、術後再脱臼や重篤な合併症の発生リスクを最小限に抑えるのに有効である
- 骨切り術の併用は術後合併症のリスク因子となる
と報告されています(※2)(※3)。
松原動物病院で膝蓋骨内方脱臼(MPL)整復手術を実施した症例
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| 治療前(側方像) | 治療後(側方像) |
矢頭:膝蓋骨 矢印:脛骨粗面 黄色点線:脛骨粗面転位術の骨切りライン
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| 治療前(前後像) | 治療後(前後像) |
矢頭:膝蓋骨 緑の三角形で示した部分:脛骨粗面
治療後は脛骨の内旋および外旋の中心が滑車に位置する様に脛骨粗面が移動されている。
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| (図1)造溝前の滑車溝 | (図2)造溝後の滑車溝 |

(図3)脛骨粗面転位術により、膝関節伸展機構単位(大腿四頭筋-膝蓋骨-膝蓋靭帯-脛骨粗面)が脛骨の正面になるように調節された
細い点線:転位前の膝関節伸展機構単位のライン
太い点線:転位後の膝関節伸展機構単位のライン
緑の三角形で示した部分:脛骨粗面 脛骨内側から中心へ移動されている
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| (図4)治療前(前後像) | (図5)治療後(前後像) |
オレンジの楕円で示した部分:膝蓋骨
緑の三角形で示した部分:脛骨粗面
青の点線:大腿骨骨切りのライン
黄色で示した角度:解剖学的外側遠位大腿骨角(a-LDFA)
※a-LDFA:大腿骨近位骨幹軸と、大腿骨内顆および外顆を通る接線がなす角度(外側)
大型犬における正常犬でのa-LDFAの平均値は約97°である(※4)。大腿骨の内反変形を伴うMPL罹患症例では、a-LDFAは高値を示す。
ご紹介の流れ
膝蓋骨内方脱臼疑いまたは診断された患者様を当院にご紹介の場合は、紹介フォーム(リンクが開きます)にて整形外科をご指定ください。紹介フォームにより、診療情報を事前にご提供いただくことで、よりスムーズな医療連携が可能となりますのでご協力をお願いいたします。
なお、患者様の来院予約は別途必要です。当日・翌日のご予約をご希望の場合は診療時間内に下記番号までお電話をお願いいたします。2日後以降の日程でも差し支えない場合は、当院初診のご家族様にはこちらの新患様予約申込(リンクが開きます)からご入力いただくようお伝えください。翌診療日に当院よりお電話し新患様の来院予約を確定いたします。
患者様が当院に来院歴がある場合は、ご家族様から当院へ直接ご連絡いただくようお伝えください。
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大阪府大阪市北区天満3-2-16
参考文献
(※1)Mostafa AA, et, al. Severity of patellar luxation and frequency of concomitant cranial cruciate ligament rupture in dogs: 162 cases (2004–2007). J Am Vet Med Assoc. 2010;236(8):887–91.
(※2)Lazar TP, et al. Complications associated with corrective surgery for patellar luxation in 109 dogs. Vet Surg. 2005;34(2):133–9.
(※3)Roush JK. Major complications and risk factors associated with surgical correction of congenital medial patellar luxation in 124 dogs. J Am Vet Med Assoc. 2010;236(8):887–92.
(※4)Tomlinson J, et al. Measurement of femoral angles in four dog breeds. Vet Surg. 2007;36(6):593–8







