松原動物病院 松原動物病院

学術コラム

腫瘍科 2025.09.15
犬の軟部組織肉腫(STS)

はじめに

犬の軟部組織肉腫(Soft Tissue Sarcoma;STS)には、広義と狭義の2つの定義が存在します。広義のSTSには、軟部組織に発生するすべての悪性腫瘍が含まれるのに対し、狭義のSTSは、主に犬の真皮および皮下に発生する組織学的および生物学的挙動が類似する間葉系組織由来の悪性腫瘍を指します。今回は、狭義のSTSについて説明します。

 

犬のSTSは、一般に、増殖が緩徐で局所浸潤性が高く、転移率が低いことを特徴とします。含まれる腫瘍群は多様であり、文献によっても多少異なりますが、主に血管周囲壁腫瘍(Perivascular wall tumor;PWT)、末梢神経鞘腫瘍(Peripheral nerve sheath tumor;PNST)、線維肉腫、脂肪肉腫、粘液肉腫などが含まれます。

 

一方、生物学的挙動や組織学的特徴が大きく異なる腫瘍である組織球性肉腫、血管肉腫、リンパ管肉腫、横紋筋肉腫、口腔線維肉腫、神経叢原発(腕神経叢および腰神経叢)のPNSTなどは、狭義のSTSからは除外されます。

 

組織学的グレード分類

STSは、腫瘍の分化の程度、有糸分裂指数、腫瘍の壊死の程度の3項目に基づき、組織学的にグレードI、グレードⅡ、グレードⅢに分類されます(表1)

 

STSのグレードは、転移率や生存期間と相関することが分かっており、グレードⅠの転移率は13%、中央値生存日数は1444日であったのに対し、グレードⅢでは転移率が41%、生存期間は236日に短縮されたと報告されています。

 

術後の局所再発率については、辺縁切除後においてグレードⅠ:7%、グレードⅡ:34%、グレードⅢ:75%と報告されており、グレードが高いほど再発率も上昇する傾向があります。しかし、この分類法は浸潤性の程度を評価基準としないため、グレードと浸潤性とのずれに注意が必要です。

 

表1:犬のSTSの組織学的グレード分類

スコア 分化 有糸分裂像 壊死
1 正常な成熟間葉系組織に類似 0-9 0%
2 特有の組織学的サブタイプ 10-19 <50%
3 未分化 >20 >50%

 

判定

 グレード I  累計スコア ≦4
 グレード II  累計スコア 5-6
 グレード III  累計スコア ≧7

 

診断

STSは通常、硬く触れる皮下の腫瘤(写真1)として発見されます。急速増大する場合もありますが、一般に緩徐に増大し最終的に巨大化します。筋肉(筋膜)に固着することもしばしばあります。

 

細胞診検査では、紡錘系細胞が採取され(写真2)、STSを疑うことは可能ですが、診断まではできません。細胞診検査にてSTSが疑わしい場合には、組織生検をおこないます。大きなSTSである場合には、見た目以上に周囲組織に浸潤していることが多いため、切除範囲を決定するためにCT検査が有用な場合もあります。また、転移がないか、その他の併発疾患がないかを把握するために全身状態の評価(血液検査、レントゲン検査、超音波検査、所属リンパ節の細胞診検査等)も必要です。

上記の検査をもとに臨床ステージを評価します(表2、表3)

 

写真1:皮下に触れる硬い腫瘤、巨大化している。

犬のSTS(松原動物病院)。皮下に触れる硬い腫瘤。巨大化している。

 

写真2:細胞診所見。典型的には紡錘形細胞が採取される。

犬のSTSの細胞診所見(松原動物病院)。典型的には紡錘形細胞が採取される。

 

表2:犬のSTSのTNM分類

原発腫瘍(T)
T1:腫瘍の最大直径 <5 cm T1a:表在性の腫瘍
T1b:深在性の腫瘍
T2:腫瘍の最大直径 >5 cm T2a:表在性の腫瘍
T2b:深在性の腫瘍
領域リンパ節(N)
N0:領域リンパ節転移なし
N1:領域リンパ節転移あり
遠隔転移(M)
M0:遠隔転移なし
M1:遠隔転移あり

 

表3:犬のSTSの臨床ステージ

ステージ T N M グレード
I あらゆるT N0 M0 I - II
II T1a-T1b, T2a N0 M0 III
III T2b N0 M0 III
IV あらゆるT N1 あらゆるM I - III
あらゆるT あらゆるN M1 I - III

 

治療

治療の第一選択は外科手術です。

特に、初回手術で十分な外科マージンを確保して切除することが最も重要です。再発を繰り返すほどSTSは悪性度が高くなり周囲組織へ広範囲に浸潤するため、外科マージンを確保するために特殊な皮弁(写真3 - 5)が必要になったり、軽度の外貌の変化や機能損傷が起こる可能性が高まります。また、転移率も高くなります。

 

四肢や頭部などの十分な外科マージンの確保が困難な部位のSTSは、外科手術(計画的辺縁部切除)と放射線療法を組み合わせて治療をおこないます。

 

化学療法は、肉眼病変がある場合には効果が乏しく、外科治療と組み合わせて使用するのが一般的です。特に組織学的グレードIIIのSTSでは、約40−50%で転移が生じるため、術後の化学療法が推奨されています。

 

写真3:皮弁が必要になった例。下腿部に5.5 cmのSTSが存在。

犬のSTS(松原動物病院)。皮弁が必要になった例。下腿部に5.5cmのSTSが存在 。

 

写真4:筋膜(一部、筋肉を含めて)をバリアにして切除している所見。

犬のSTS術中(松原動物病院)。筋膜(一部、筋肉を含めて)をバリアにして切除している所見。

 

写真5:皮弁を用いて皮膚の欠損を補った(術後20日目)。

犬のSTS術後(松原動物病院)。皮弁を用いて皮膚の欠損を補った(術後20日目)。

 

予後

一般に、初回の外科手術で十分な外科マージンの確保が可能で、組織学的グレードが I−IIだった場合には予後は大変良く、局所再発率は10%程度です。一方、組織学的グレードIII、再発例、リンパ節転移や遠隔転移がある場合には、補助治療が必要です。

 

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