はじめに
犬の口腔内腫瘍の中で最も発生しやすいものが悪性メラノーマです。
口腔内の歯肉や舌、軟口蓋など様々な部位に発生します。皮膚に発生するメラノーマは良性の腫瘍のこともありますが、口腔内に発生するメラノーマのほとんどは悪性です。
悪性メラノーマは悪性黒色腫と呼ばれる腫瘍であり、その名の通り、メラニン色素により黒色の見た目をしていることが多いです。(写真1, 2)
写真1 犬の下顎口唇部に発生した悪性メラノーマ。

写真2 犬の上顎歯肉に発生した悪性メラノーマ。

しかし、中には乏色素性メラノーマと呼ばれる、メラニン色素が少なく、黒色ではなくピンク色の見た目をしている場合もあります。(写真3, 4)
写真3 犬の上顎歯肉に発生した、ピンク色をしている乏色素性メラノーマ。

写真4 犬の舌根部に発生した乏色素性メラノーマ。ピンク色をしている。

また、悪性メラノーマはリンパ節や肺への転移率が高く、首のしこり(下顎リンパ節の腫大)で気づかれることもあります。また、扁桃にも転移することがあり、呼吸困難を主訴に来院される場合もあります。(写真5)
写真5 扁桃に転移した悪性メラノーマによって、気道が塞がれてしまっている。

臨床症状
飼い主様が偶発的に発見してくださることもありますが、口腔内はなかなか見えにくい場所のため、発見した時にはすでにかなり増大し、進行していることもあります。
症状としては、腫瘍に伴い、食事が食べにくい、口臭や流涎がひどくなった、口から出血している、呼吸や嚥下がしにくそう、体重減少などの症状が起こることがあります。
診断・ステージング
犬の口腔内悪性メラノーマは口腔内に発生する腫瘍であり、腫瘍の診断、ステージングをするためには多くの場合で全身麻酔下による検査が必要になります。そのため、全身状態の把握のために血液検査、レントゲン検査、腹部超音波検査を実施し、腫瘍が他の部位に転移していないか、他の疾患が併発していないかを調べる必要があります。
針生検で診断することが可能な場合もありますが、前述の乏色素性メラノーマのように特徴的なメラニン色素が認められない場合もあるため、多くの場合では全身麻酔下で腫瘍の生検を行い、病理組織学的検査によって診断します。また、腫瘍の周囲組織への広がりや肺転移の有無、周囲リンパ節が腫れていないかなどを詳しく調べ、場合によっては、リンパ節の針生検を行いリンパ節への転移がないかを調べます。
そして、これらの検査結果をもとに臨床ステージ分類(表1)を行い、治療方針を検討します。
表1 犬の口腔内悪性メラノーマの臨床ステージ分類
| ステージ | 原発腫瘍、リンパ節転移、遠隔転移 |
| I | 原発巣の長径 ≦2 cm |
| II | 2 cm< 原発巣の長径 ≦4 cm |
| III | 2 cm< 原発巣の長径 ≦4 cmだが、リンパ節転移あり、あるいは原発巣の長径 >4 cm |
| IV | 肺やその他部位への遠隔転移あり |
治療方針
治療の第一選択は外科手術です。悪性メラノーマが骨に浸潤していることも多いため、場合によっては顎の骨を含めて切除する必要があります。
しかし、発見時にはかなり腫瘍が増大、進行し、切除できない場合や、すでに肺転移を起こしていることもあり、手術により予後の延長が期待できないこともあります。そのため、治療の際には、実際の症例の状態や臨床ステージを検討し、根治を目指し治療を行うのか、緩和的に治療を行うのかなどを慎重に考慮し治療方針を決定する必要があります。各治療法の特徴については以下に述べます。
外科手術
明らかな転移がなく腫瘍が限局している場合には外科手術が治療の第一選択になります。悪性メラノーマは骨や周囲組織に浸潤するため、周囲組織や顎骨を含めた切除が必要になることもあり、術後は外貌が変化する可能性などがあるので、術前には担当医がしっかりとご説明させていただきます。また、すでに進行し、完全切除が困難になっている場合でも緩和的に減容積を行うことで摂食が可能になったりするなど、一時的にQOLが改善することがあります。
放射線
放射線療法はすでに腫瘍が進行し外科切除が困難になっている症例や、ご高齢で手術に耐えられない可能性のある症例や外科手術で完全切除できなかった場合に術後に実施することがあります。悪性メラノーマの放射線反応性は比較的良好で、放射線療法を実施することにより、腫瘍の縮小や術後の局所再発の予防が期待できます。必要に応じて、放射線治療器がある施設をご紹介させていただくことがあります。
化学療法
すでに大きな腫瘍が口腔内に存在している場合に、化学療法単独での治療は困難です。
しかし、犬の口腔内悪性メラノーマは転移率が高く、外科手術や放射線療法では転移病巣をコントロールすることはできないため、全身治療である化学療法が適応になることがあります。外科手術により肉眼病変を切除したのちの転移、再発の予防や放射線療法と組み合わせて実施することで効果を発揮します。
免疫療法
犬の口腔内悪性メラノーマにおいては近年、免疫療法の効果が期待されています。
外科手術後に適切にワクチンを投与することにより生存期間の延長が期待される可能性や、すでに進行して根治が困難な症例に投与することによりQ O Lの改善や延命が期待できる可能性があります。
日本国内でメラノーマワクチン(オンセプト®)を購入・投与できるのは専門施設※に限定されており、当院には基準の1つである日本獣医がん学会獣医腫瘍科認定医(I種)が在籍しているため、メラノーマワクチンの投与が可能です。
予後
- ステージ1の場合は根治的治療を行うことで生存期間は17〜30ヶ月と年単位での予後が期待できます。
- ステージ2、3の場合は根治治療を行いそれぞれ生存期間は5〜29ヶ月、4〜6ヶ月と幅がありますが、おおよそ1年程度の可能性が高いです。
- ステージ4の場合は予後は厳しく、数ヶ月で亡くなってしまうことがほとんどです。
- また、他のステージにおいても根治治療を実施しない場合は予後は短くなってしまいます。しかしながら、緩和治療を行うことで予後の延長は厳しくとも、Q O Lの改善が期待できることがあります。
ご紹介の流れ
口腔内メラノーマ疑いまたは診断された患者様を当院にご紹介の場合は、紹介フォーム(リンクが開きます)にて腫瘍科をご指定ください。紹介フォームにより、診療情報を事前にご提供いただくことで、よりスムーズな医療連携が可能となりますのでご協力をお願いいたします。
なお、患者様の来院予約は別途必要です。当日・翌日のご予約をご希望の場合は診療時間内に下記番号までお電話をお願いいたします。2日後以降の日程でも差し支えない場合は、当院初診のご家族様にはこちらの新患様予約申込(リンクが開きます)からご入力いただくようお伝えください。翌診療日に当院よりお電話し新患様の来院予約を確定いたします。
患者様が当院に来院歴がある場合は、ご家族様から当院へ直接ご連絡いただくようお伝えください。
松原本院 ☎ 072-331-3493
大阪府松原市田井城2-1-7
天満橋医療センター ☎ 06-6354-4140
大阪府大阪市北区天満3-2-16
※メラノーマワクチン(オンセプト®)の投与が認められている施設は以下の通り(2025年9月現在)
1)一般社団法人 日本獣医がん臨床グループ研究グループ/JVCOGに所属する獣医師が在籍する動物病院
2)日本獣医がん学会獣医腫瘍科医I種が所属する動物病院
3)獣医系大学の動物病院
4)農林水産大臣指定臨床研修診療施設(単独で臨床研修を行う施設)
(参考: https://www.boehringer-ingelheim.com/jp/herinkainkeruhaimu-animaruherusu-shiyahan)