はじめに
前肢跛行の原因として、肘異形成症(Elbow dysplasia)は日常診療で頻繁に遭遇します。
一方で、X線では異常が乏しい、画像所見と疼痛の程度が一致しない、など診断や治療方針に迷いが生じやすい疾患でもあります。
本稿では、肘異形成症を「内側コンパートメント病変」として整理し、一般臨床医が「いつ疑い、どこまで評価し、いつ専門施設へつなぐか」を判断するための考え方をまとめます。
肘異形成症とは
肘異形成症は単一疾患ではなく、内側鉤状突起疾患(medial coronoid process disease :以下 MCPD)、離断性骨軟骨症(osteochondritis dissecans: 以下 OCD)、肘突起癒合不全(ununited anconeal process:以下UAP)、関節不適合(Incongruity)を含む症候群です。
これらは、単独で発生する場合もあれば、互いに関連して同時に発生することもあります。
なかでも、最も多い病変は MCPDであり、これは骨片の有無だけに注目する疾患ではなく、内側コンパートメント全体に及ぶ軟骨・軟骨下骨病変として理解されています。
病因と病態
肘異形成症の原因は多因子であると考えられており、上腕骨-橈尺骨の不整合、橈骨-尺骨の成長不調和、軟骨内骨化障害が特に重要な病因です。
MCPDは、軟骨下骨の疲労損傷を病態の中核とし、橈尺骨不適合や回旋不安定性などの力学的因子がその発症と進行に関与すると考えられています。MCPDは生後4〜7ヶ月での発症が多く、両側性に発生することが多いと報告されています。
橈骨が相対的に短く、尺骨が長い橈尺骨不適合の場合、 内側鉤状突起は橈骨の関節面よりわずかに上に位置し、0.5mm〜3mm 程度の段差が生じます。
尺骨が短く橈骨が長い場合、橈骨が上腕骨関節面に傾斜を引き起こし、上腕骨内側顆と 内側鉤状突起のレベルでの負荷が増加します。
不整合の種類に関わらず、内側鉤状突起に負荷がかかることで内側鉤状突起および上腕骨内側顆部の軟骨や軟骨下骨に変化が生じ、「内側コンパートメント症候群」を発症します。これらの症例では、初期段階においてX線画像上で明確な異常所見が認められない場合であっても、疼痛が先行して発現することが少なくありません。
臨床徴候・身体検査
静止立位での評価(視診・触診)
1. 荷重状態を確認
肘の痛みを逃がすために、足を外側に開いて立つことがあります

図 1 罹患犬(両側)肘が外側に張り出し、足先も外側へ向いている
2. 関節液貯留(Effusion)の確認
外側副靭帯と肘突起の間の「くぼみ」を触ります。ここが膨らんでいれば、関節液貯留を示唆します。
3. 可動域(ROM)
- 屈曲制限 : 最も顕著に現れやすいサインです。正常なら手根関節が肩に付くくらいまで曲がりますが、肘異形成症の症例では早期に抵抗や痛みを示します。
- 伸展時の痛み : 特にUAPがある場合、完全に伸ばしきった際に強い痛みを示すことが多いです。
4. 疼痛誘発試験
以下の手技が内側コンパートメント症候群の検出に有効です。
- 内側鉤状突起への直接圧迫:肘を軽く曲げた状態で、内側鉤状突起領域を親指で直接圧迫します。
- 回外試験(Supination Test):肘関節を 90度に曲げた状態で、前腕を最大まで外側にひねり(回外)ます。この動作は内側鉤状突起に関節面を押し付けるストレスをかけるため、疼痛を誘発します。
画像診断
X線は第一選択の検査で、滑車下骨硬化像が特徴的です。これは関節での炎症や過負荷に対する骨反応で、症状の有無に関わらずMCPDが疑われます。両側での発生が多いため、両側の検査が必要です。しかし、X線で骨硬化が認められないからといってMCPDを否定はできません。
症状とX線所見が一致しない場合や、より詳細な病態評価が必要な場合にはCT検査が必要です。肘関節は上腕骨・橈骨・尺骨が重なる領域のため、断層撮影が可能なCTは評価に有用です。

図 2 正常犬(5ヶ月齢)のラテラル像
黄色:橈骨
水色:尺骨
赤色:上腕骨
緑破線:骨硬化は見られない

図 3 罹患犬(2歳齢)
黄色:橈骨 矢印:骨棘
水色:尺骨:内側鉤状突起の輪郭が不鮮明かつ鈍化
赤色:上腕骨 矢印:骨棘
緑破線:骨硬化像
2歳にも関わらず、二次的な骨関節炎が認められます。

図 4 正常犬(2歳齢)
緑破線:内側鉤状突起(鋭縁)
赤矢印:上腕骨内側部
上腕骨の内側顆(滑車部分)、内側鉤状突起、橈骨頭が並んでいます。挟まれている内側鉤状突起の硬化像や、欠けたりしていないことが明瞭にわかります。

図 5 罹患犬(1歳8ヶ月齢)
緑破線:骨硬化
ピンク矢印:断片化した内側鉤状突起
治療
内科的治療(保存療法)
保存療法の中核は体重管理です。
Purinaの長期研究では、発育期からの軽度カロリー制限により、肘関節を含むOAの発症率と重症度が有意に低下しました。構造は変えられなくても、症状と進行速度は変えられます。
加えて適切なNSAIDの使用、リハビリテーション、サプリメントの給与などを行うことが一般的です。
外科的治療
不整合への対応
●遠位動的尺骨骨切除:4〜5ヶ月齢の若齢犬で、不適合がある場合に有効です。
- 荷重の再配分と不適合の解消:
成長期の子犬や若齢犬において、尺骨を切り離す(骨切りを行う)ことで、尺骨が橈骨や上腕骨に対して自由に動ける状態を作り出します。これにより、関節面がより適切な位置に「落ち着く」ことを助け、肘関節全体の適合性を改善・回復させることを狙っています。
- 橈尺骨不適合への対応:
橈骨と尺骨の長さに不一致(橈骨が短い、あるいは尺骨が短いなど)がある場合、尺骨を切り離すことでその段差や不整合を物理的に解消し、内側鈎状突起などへの過剰な荷重を軽減しようとするものです。
- 上腕骨-尺骨衝突の緩和:
尺骨の自由度を高めることで、上腕骨と尺骨の間の異常な衝突や摩擦を和らげる効果を期待しています。
●近位尺骨骨切り術 (Bi-oblique Osteotomy):5〜12ヶ月齢が適応時期となります。
水平骨切りに比べ、骨切面を斜めにすることで表面積を稼ぎ、ピン固定なしでも安定させる優れた手法です。目的は、内側コンパートメントへの荷重負担を軽減することにあります。
MCPDへの対応
●骨片除去 / 亜全摘出(Subtotal Coronoid Ostectomy:SCO)
関節鏡下もしくは直視下で実施されます。
最近では、単なる骨片除去だけでなく、軟骨が消失している場合には内側鉤状突起亜全摘出(SCO)を行い、骨同士の衝突を物理的に回避する手法のエビデンスが強まっています。
●上腕二頭筋腱尺骨枝リリース術 (Biceps Ulnar Release Procedure:BURP)
上腕二頭筋による「回転ストレス(回外)を軽減する目的で、MCPDの初期段階に行われます。単独で行うよりも、内側鉤状突起の骨片除去や尺骨骨切り術と併用されることが多いです。ただし、BURPに関しては現在もその有効性について議論が分かれており、実施には慎重な検討が必要と考えられます。
UAPへの対応
●スクリュー固定
早期に診断された場合にはスクリューなどを用いて骨片化した肘突起を整復します。また、同時に尺骨近位の骨切り術を併用することで癒合に至る確率が上昇するとの報告もあります。
●肘突起摘出
肘突起骨片摘出整復が困難な場合には骨片化した肘突起の摘出を行います。この場合関節可動域の制限や変形性関節症などは避けられません。
OCDへの対応
●デブリードマン
剥がれかかった軟骨を除去し、掻爬することで出血させ、線維性軟骨の再生を促します。
変形性関節症に対する外科治療:荷重部位の変更
●Sliding Humeral Osteotomy(SHO)
上腕骨を水平に骨切りし、遠位片を内側へスライドさせてプレート固定します。これにより、体の重心線に対して肘関節の外側がより直下にくるようになり、荷重が外側コンパートメントに移ります。有効な治療法ですが、重大合併症率が高い(10-25%)と報告されており、慎重な適応が必要と考えられます。
●Proximal Abducting Ulnar Osteotomy (PAUL)
尺骨近位を骨切し、専用のプレートを用いて尺骨を外側に傾け、荷重を外側へシフトさせる比較的新しい術式です。SHOに比べると侵襲性は大きくないものの、こちらも重大合併症率が高い(12-18%)と報告や、関節鏡単独治療と比較して臨床転帰に有意差を認めなかった報告も存在するため、慎重な適応が必要と考えられます。
まとめ
肘異形成症は進行性の疾患であり、一度失われた軟骨を完全に元通りにすることは困難です。
4〜5ヶ月齢の若齢期における遠位動的尺骨骨切除や、12ヶ月齢までに行う近位尺骨骨切り術は、関節の不適合をダイナミックに改善し、将来的な変形性関節症の進行を最小限に食い止める有効な手段です。
「少し歩き方がおかしい」という初期サインを見逃さず、適切な時期に適切な治療を選択することで、大がかりなレスキュー手術に頼ることのない、痛みのない健やかなシニア期への道筋を立てることが重要と考えられます。
ご紹介の流れ
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