はじめに
肥満細胞腫(以下MCT)は犬において最も一般的な皮膚腫瘍のひとつです。主に中高齢の犬(平均年齢約8~9歳)に発生する疾患ですが、若い犬でも報告されています。
犬のMCTは、皮膚もしくは皮下に発生し、多くの場合は単発性ですが、時に多発性の病変を形成する場合があります。また、リンパ節転移や遠隔転移を起こす可能性があります。
犬のMCTは、良性の挙動を示すものから、悪性の挙動を示すものまで様々であり、その挙動は組織学的グレードに大きく依存します。肥満細胞内に存在する細胞内顆粒には、ヒスタミン、ヘパリン、プロスタグランジン、他の血管作動性アミンや蛋白分解酵素などが含まれ、それらが放出されると、低血圧、胃・十二指腸潰瘍、浮腫、局所血液凝固不全、創傷治癒遅延などを起こします。
犬のMCTでは、c-kit 遺伝子に変異があると、肥満細胞の増殖が無制限に起こり、発生の原因になっている場合があります。中程度〜高悪性度のMCTの25−30%でc−kit変異があると言われいます。
診断
MCTは、細針吸引(FNA)による細胞診(写真1)で診断できますが、組織学的グレードは判定できません。しかし、顆粒の量、細胞の大きさや核の異型性の程度によってある程度まで悪性度の判定が予想できる場合もあります。また、細胞診検査と同時に、c-kit遺伝子変異の検査も同時に行います。

(写真1)肥満細胞腫の細胞診写真。
多数の顆粒を含んだ円形細胞が認められる。
臨床ステージング
所属リンパ節の触診と可能であればFNAを実施します。血液検査、血液生化学検査はもちろん、腹部超音波検査も必要であり、超音波で異常所見がみられるときや高グレードのMCTが疑われるときには、肝臓や脾臓の超音波ガイド下FNAによる細胞診も実施します。肺転移は非常に稀ですが、他の肺疾患や心臓疾患を除外するために、胸部レントゲン検査も必要となります。以上の検査所見を基に、皮膚肥満細胞腫に対して以下の臨床ステージングシステムが用いられます。
臨床ステージ分類
- ステージ0 不完全切除(顕微鏡学的に)された単発の腫瘍で局所リンパ節に浸潤なし
- ステージ1 真皮に限局した単発の腫瘍で局所リンパ節に浸潤なし
- ステージ2 真皮に限局した単発の腫瘍で局所リンパ節への浸潤あり
- ステージ3 多発性の腫瘍(※)、または大型で浸潤性の腫瘍で局所リンパ節への浸潤あり、またはなし
- ステージ4 遠隔転移または全身性に浸潤している腫瘍すべて
※多発性腫瘍では予後が悪いというわけではありません
主に犬の肥満細胞腫に適応されている病理組織学的分類
| Patnaik分類 | 悪性度 | 組織像 | 発生頻度 | 1,500日生存率 |
|
G 1 |
Low grade |
真皮内限局 分裂像なし 顆粒豊富 |
36% |
83% |
|
G 2 |
Intermediate |
真皮〜皮下 たまに分裂像あり |
43% |
44% |
|
G 3 |
High grade |
皮下〜深部皮下 分裂像多数 顆粒に乏しい |
20% |
6% |
|
Kiupel分類 |
悪性度 |
組織像(FNAで予測) |
発生頻度 |
MST
(生存期間中央値) |
| Low | Low grade | 下記以外 | 90% | |
|
High |
High grade |
・MI>7個 ・多核巨細胞>3個 ・奇異な核>3個 ・核の腫大 1つでも当てはまれば |
10% |
3.5ヶ月 |
治療
外科的切除(写真2、3参照)は単独で最も効果的な治療であり、大多数のMCTの犬で推奨されます。マージンは、少なくとも腫瘍外側2~3 cm、深部は筋膜1層を含めた切除が必要です。このような切除を実施した場合の局所再発率は通常10%以下です。また、再発例では初回手術時よりも悪性度が高いと言われているため、初回の適切な外科切除が重要です。不完全切除例では、術後に放射線療法を実施し、十分なマージンをとっての切除が困難な部位にある腫瘍に対しては、外科切除(再切除)とその後に放射線療法を組み合わせて行います。また、領域リンパ節は腫大の有無に関わらず切除しています。腫大していなくても初期の転移が成立している場合もあるためです。
化学療法は、グレードⅢの場合、脈管内浸潤やリンパ節転移を認める場合、不完全切除例で何らかの理由で放射線療法が実施できない場合などで考慮されます。化学療法剤は、ビンブラスチン、プレドニゾロン、CCNU(ロムスチン)などが使用されています。分子標的薬として、イマチニブ、トセラニブ、マシチニブなどがあり、肥満細胞腫の細胞を選択的に抑制することができます。ただし、特定の分子をピンポイントにターゲットにするため、効く・効かないがはっきりしており、c-kit遺伝子に変異がある場合には、顕著な縮小が認められます(写真4、5参照)。しかし、c-kit遺伝子に変異がなくても分子標的薬に反応する場合もあるため、薬剤を投与して腫瘍が縮小するかどうかで判断する試験的投与を行う場合もあります。

(写真2)右大腿部肥満細胞腫グレードIIの症例。
腫瘍外側 3 cmにマーキングした所。

(写真3)写真2と同一症例。腫瘍外側3 cm、深部は筋膜1枚のマージンで切除している。
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| (写真4)
マズルに 1.8 cmの肥満細胞腫が存在 c-kit変異あり イマチニブ開始前 |
(写真5) イマチニブ開始後 50日目 マズルの病変は見た目上は完全消失した
|
予後
犬の皮膚MCTの予後は、「要注意」から「優良」と様々であり、組織学的グレード、臨床ステージ、大きさ、発生部位、完全切除の有無などによって大きく異なります。犬種では、ボクサー、パグ、ゴールデンレトリーバーは比較的予後が良いことが多いといわれています。PatnaikのグレードⅠのMCTは、しばしば外科的切除により完治し、2年生存率は100%です。グレードⅡのMCTの予後を判定することは難しく、グレードⅠに近い挙動をとるものもあれば、グレードⅢに近い挙動をとるものもあります。また、グレードⅡで不完全切除だった場合の再発率は23.3%であり、この場合、可能であれば再切除や放射線治療を行うことが推奨されます。グレードⅢのMCTの予後は要注意であり、外科切除単独では、1年生存率は、24%です。しかし、放射線治療と組み合わせることで、中央生存期間28ヶ月、1年および2年生存率はそれぞれ71%と39%と改善されます。
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