はじめに
犬の前肢跛行において、肩関節疾患は単純X線検査で明らかな異常を示さないことも多く、診断に苦慮することがあります。その中でも肩関節不安定症(shoulder joint instability)は、臨床的には比較的よく知られた病態である一方、その定義や診断基準は必ずしも統一されていません。
特に近年、本邦ではトイ・プードルをはじめとする小型犬で肩関節の弛緩や反復性脱臼を認める症例が増えており、中・大型犬を中心として構築されてきた従来の「medial shoulder instability:MSI」の概念を、そのまま小型犬に当てはめてよいのかという点も議論されています。
1. 肩関節の安定化機構
犬の肩関節は、肩甲骨関節窩と上腕骨頭から構成される球関節です(図1)。股関節と比較すると骨性拘束が小さく、安定性には周囲軟部組織が大きく寄与しています。
主な安定化構造として、
- 関節包
- 内側・外側関節上腕靱帯
- 肩甲下筋腱
- 棘上筋腱
- 棘下筋腱
- 小円筋腱
- 上腕二頭筋腱
などが挙げられます。
外側に比べて、内側の安定化構造は少なく、肩甲下筋腱と内側関節上腕靱帯が安定化に重要とされます。これらの損傷や弛緩は内側方向への不安定性に関連すると考えられています。
ただし、実際の肩関節安定性は単一の靱帯や腱のみで規定されるわけではなく、関節包、複数の筋腱構造、骨形態などが複合的に関与しています。

(図1)ゴルフのティーとボールに擬えられるように、浅い関節窩と球状の上腕骨頭が関節している
2. 肩関節不安定症とは?
肩関節不安定症という用語は、一般には肩関節に生理的範囲を超えた動揺性を認める状態を指します。原因として下記の原因が挙げられますが、全貌は完全には理解されていません。
- 関節包の弛緩・損傷
- 関節上腕靱帯の損傷
- 肩甲下筋腱などの損傷
- 肩甲骨関節窩や上腕骨頭の形態異常
臨床的には、異常な肩関節動揺性が存在し、その動揺性が疼痛や跛行などの臨床症状と関連している状態です。また、「関節が緩いこと」と「その緩さが臨床症状の原因であること」は異なることに注意が必要です。
3. 肩関節不安定症と反復性脱臼
肩関節不安定症と反復性脱臼は、互いに独立した病態ではなく、肩関節の安定性が損なわれた状態を異なる側面から捉えた概念と考えると理解しやすいでしょう。
肩関節不安定症は、上腕骨頭が肩甲骨関節窩に対して生理的範囲を超えて動く状態を指します。
一方、反復性脱臼は、不安定性がより顕著となり、上腕骨頭と関節窩の正常な位置関係が完全に失われる脱臼を繰り返す状態です。両者は連続して生じ得ますが、異常な動揺性にとどまる症例と完全脱臼を反復する症例では、確認すべき所見や治療方針が異なります。そのため、臨床上は区別して記載することが有用です。
2024年の日本獣医麻酔外科学会パネルディスカッションでは、
- 完全脱臼を生じていないが、上腕骨頭が肩甲骨関節窩に対して内外側方向へ動揺する状態を肩関節不安定症
- 完全脱臼と整復を繰り返す状態を反復性脱臼
として区別する考え方も提示されています。

(図2)同一症例のX線画像
屈曲+外転時に右肩関節は脱臼、左肩関節は亜脱臼を生じている
伸展時は両関節共に整復されている
4. 肩関節不安定症の診断
肩関節不安定症には、現時点で単一の確立された診断基準はありません。
診断は以下を組み合わせて行います。
臨床症状
- 慢性または間欠的な前肢跛行
- 運動後に悪化する跛行
- 肩関節周囲の疼痛
- 脱臼・亜脱臼歴
身体検査
- 肩関節伸展時疼痛
- 外転時疼痛
- 内外側方向への動揺
- 外転角
- 肩周囲筋の萎縮
他疾患の除外
- 肘・手根・指端疾患
- 上腕二頭筋腱疾患
- 頸部疾患
- 腕神経叢疾患
- 腫瘍性疾患
- 炎症性関節疾患
画像・関節内評価
- 単純X線
- 必要に応じてCT・MRI
- 関節鏡
- 超音波検査
つまり、「肩関節が緩い」ことを確認するだけではなく、その所見が跛行や疼痛と整合しているかを判断することが診断の中心になります。

(図3)重度な肩関節不安定により起立困難となっている
5. 外転角について
肩関節不安定症の診断で最もよく知られている身体検査が、肩関節外転角の測定です。

(図4)肩関節外転テスト
側臥位にし、肩甲骨を台と水平になるように固定する。
肩関節・肘関節を伸展したまま、前肢をゆっくり外転させる。
最大外転位で肩甲棘と上腕骨のなす角度を測定する。
Cookらは2005年、MSIと診断された33頭と対照犬26頭を比較しました。鎮静下で外転角を測定した結果、
- MSI罹患肩:平均53.7°
- 非罹患肩:平均32.6°
と有意差を認めました[1]。
この研究を背景に、外転角50°前後を超えることがMSIを示唆するという考え方が広く普及しました。
一方、その後の研究では、身体検査所見だけから関節内病変を正確に予測することは難しいと報告されています。
Devittらは、肩関節鏡を実施した24頭を対象に身体検査所見と関節鏡所見を比較しました。その結果、外転テストの陽性所見は内側コンパートメント病変の存在確率をわずかに上げる程度で、身体検査単独で関節鏡所見を正確に予測する能力は限定的でした[2]。
さらに、
- 筋萎縮
- 神経疾患
- 鎮静・麻酔深度
- 犬種
- 測定方法
- 検者
などによって外転角が影響される可能性があります。
特に小型犬では、明らかな跛行がなくても従来の異常域に相当する大きな外転角を示す個体が存在すると指摘されており、小型犬に大型犬由来のcut-off値をそのまま適用することには慎重であるべきです。
一方、2026年にBergらは、関節鏡でMSIが確認された17頭について外転角とMRIの診断能を検討しました。
罹患肩の外転角中央値は42°、対側肩は28°で、左右差の中央値は14°でした。
この研究では、
- 外転角 >40°:感度100%
- MRIによる内側コンパートメント病変検出:感度23.5%
でした[3]。また、罹患側と対側で10°を超える左右差がMSIを疑う指標となる可能性も示唆されています。
ただし、この研究はMSI陽性犬のみを対象とした17頭の後ろ向き研究であり、特異度は評価されていません。
したがって、現時点では、
外転角はMSIを疑ううえで有用な検査だが、単独で確定診断するための検査ではない
という位置付けです。
特に、絶対値だけでなく左右差と臨床症状を併せて解釈することが重要です。
6. 関節鏡
近年の研究では、MSIの診断基準として関節鏡所見を用いるものが多くなっています[2,3]。
関節鏡では、
- 内側関節上腕靱帯
- 肩甲下筋腱
- 関節包
- 関節軟骨
- 上腕二頭筋腱
- その他の関節内病変
を直接評価できます。
一方で注意すべきなのは、関節鏡で組織損傷が確認されたことと、その病変が臨床症状の原因であることは必ずしも同義ではないという点です。
さらに、侵襲性・麻酔・費用を伴うため、日常診療で「診断だけを目的として全例に関節鏡を行う」という検査ではありません。
7. 単純X線検査
肩関節不安定症は軟部組織性の病態を主体とするため、単純X線検査で特徴的な所見を認めないことも少なくありません。
慢性例では、
- 骨棘形成
- 変形性関節症
- 関節周囲骨増生
を認める場合がありますが、これらはいずれも不安定症に特異的な所見ではありません。
一方でX線検査は、
- 骨腫瘍
- OCD
- 骨折
- 重度OA
- 骨形態異常
- 明らかな脱臼
など、他疾患の除外という点で重要です。
したがって、単純X線検査は「肩関節不安定症を証明するため」というより、肩関節跛行の鑑別診断を進める第一段階と考えられます。
8. MRI、超音波検査
肩関節周囲の軟部組織評価にはMRIや超音波検査が用いられることがあります。
ただし、MSIの診断におけるMRIの有用性はまだ一定していません。
前述の2026年の研究では、関節鏡で確認されたMSI 17頭に対するMRIの感度は23.5%と低値でした[3]。
一方、MRIは腫瘍性疾患、頸部疾患、その他の軟部組織疾患の評価には有用であり、MSIそのものを診断するためというより鑑別診断のために価値を持つ場合があります。
超音波についても関節液、関節包、肩周囲腱などの評価に利用できますが、検者依存性が高く、現時点ではMSI診断の標準検査として確立しているとは言い難いのが現状です。
9. 鑑別疾患が非常に重要
肩関節不安定症の診断で最も注意したいのが、他疾患を不安定症と誤認することです。
2024年の本邦のパネルディスカッションでは、肩関節不安定症として紹介来院された症例の中に、
- 頸部椎間板ヘルニア
- 腕神経叢腫瘍
- 肘関節疾患
- 手根関節疾患
- 上腕二頭筋腱炎
- 上腕二頭筋腱脱臼
- 免疫介在性関節疾患
などが含まれていたことが報告されています。
したがって、特に小型犬では、
外転角が大きい → 肩関節不安定症
と短絡せず、
その肩に本当に疼痛があるのか?
その不安定性は症状と一致しているのか?
他に跛行の原因がないか?
を検討する必要があります。
10. 治療
肩関節不安定症に対する治療法として、
- 保存療法(リハビリテーションや生活環境の改善)
- 装具療法(外転防止)
- 人工靱帯を用いた再建
- 脱臼防止ピン/スクリュー
- 一時的/永久的肩関節固定術
などが報告されています。
しかし、治療法を直接比較した質の高い前向き比較試験は非常に少ないのが現状です。
特に小型犬の肩関節不安定症については、病態そのものが中・大型犬と同一かどうかも十分に検証されておらず、治療選択には慎重さが求められます。

(図5)外転防止装具
両側の前腕同士を固定することにより肩関節の外転を制御する

(図6)脱臼防止ピン
上腕骨頭が内方へ変位するときに、ピンが棘上筋を介して肩甲骨に制動をかける

(図7)関節固定術
関節面の軟骨を掻爬し、プレートとピンにより固定している。手術時の侵襲性は大きいものの、肩甲骨の可動域が大きいため術後の歩様は良好である。
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参考文献
- Cook JL, Renfro DC, Tomlinson JL, Sorensen JE. Measurement of angles of abduction for diagnosis of shoulder instability in dogs using goniometry and digital image analysis. Vet Surg. 2005;34(5):463-468. doi:10.1111/j.1532-950X.2005.00070.x.
- Devitt CM, Neely MR, Vanvechten BJ. Relationship of physical examination test of shoulder instability to arthroscopic findings in dogs. Vet Surg. 2007;36(7):661-668. doi:10.1111/j.1532-950X.2007.00318.x.
- Berg JA, Sævik BK. Diagnostic value of abduction angle and magnetic resonance imaging in dogs with arthroscopically confirmed medial shoulder instability. Can Vet J. 2026;67(5):546-552.
- Cook JL, Tomlinson JL, Fox DB, Kenter K, Cook CR. Treatment of dogs diagnosed with medial shoulder instability using radiofrequency-induced thermal capsulorrhaphy. Vet Surg. 2005;34(5):469-475. doi:10.1111/j.1532-950X.2005.00071.x.
- Franklin SP, Devitt CM, Ogawa J, Ridge P, Cook JL. Outcomes associated with treatments for medial, lateral, and multidirectional shoulder instability in dogs. Vet Surg. 2013;42(4):361-364. doi:10.1111/j.1532-950X.2013.01110.x.
- 枝村一弥. 肩関節不安定症:レビュー. 第108回日本獣医麻酔外科学会学術集会 整形外科パネルディスカッション「小型犬の肩関節不安定症」. 2024.
- 中條哲也. 小型犬の肩関節不安定症 わたしの考え方. 第108回日本獣医麻酔外科学会学術集会. 2024.
- 本阿彌宗紀. 小型犬の肩関節不安定症:わたしの考え方. 第108回日本獣医麻酔外科学会学術集会. 2024.