はじめに・犬の僧帽弁閉鎖不全症とは
僧帽弁閉鎖不全症は粘液腫様僧帽弁疾患 (以下、MMVD)とも呼ばれ、犬において最も一般的な後天性心疾患です。
本疾患は僧帽弁およびそれを支える腱索の進行性の変性を特徴とし、僧帽弁の逸脱とそれに伴う僧帽弁逆流により、左房および左室の拡大を引き起こします。(図1)
MMVDを罹患した犬の経過は様々であり、多くの症例は無症候のまま経過しますが、約30%の症例は病態の進行により、最終的に心不全に至ると言われています。

(図1僧帽弁閉鎖不全症の模式図)
MMVDの重症度分類と治療方針
MMVDの重症度は、ACVIMのMMVDコンセンサスガイドラインに基づいてA~Dまでのステージで評価されており (表1)、ステージ毎に治療方針や予後が異なります。ステージAおよびB1の症例では治療は開始せず経過観察することが推奨されています。ステージB2以降では以下のような治療が推奨されます。

表1: ACVIMのMMVDコンセンサスガイドラインにおける重症度分類
①内科治療
ステージB2ではピモベンダン (0.25-0.3 mg/kg q12h)の開始が推奨されており、ステージCへの進行を遅らせることが過去の研究で報告されています。
心原性肺水腫を1度でも発症したことのあるステージC以降の症例ではループ利尿剤 (フロセミド、トラセミド)、スピロノラクトン、ACE阻害薬などの薬を組み合わせて、心原性肺水腫の再発を防ぎます。
これらの治療は疾患の進行を止めるものではなく、僧帽弁逆流に伴う左房のうっ血に対して使用しているに過ぎません。また利尿剤の使用により腎臓に負荷がかかると、食欲不振や悪心などの臨床症状を呈します。
過去の報告では内科治療のみで維持した場合のMMVDステージCの生存中央値は約9ヶ月程度と言われています。
②外科治療
本疾患は僧帽弁および腱索の変性や断裂などの物理的な異常によるものであることから、内科治療には限界があります。根治治療を目指す場合に考慮される治療が僧帽弁形成術です。具体的には弁輪縫縮術、腱索再建術を組み合わせて実施しています。(図2)
ACVIMのMMVDコンセンサスガイドラインでは、合併症率が低い施設における僧帽弁形成術の実施はステージC以降の症例で推奨されています (推奨クラスⅠ: 委員のほとんどが強く推奨する事項であり、ほとんどの症例にリスク以上の一定の利益をもたらす)。
また、進行したステージB2の症例においても実施を検討しても良いとされています (クラスⅡa: 委員がある程度推奨する事項であり、ほとんどの症例にリスク以上の利益をもたらす可能性が高い)。ただし、ここでの”進行したステージB2”は明確には定義されておらず、具体的にどういった症例に手術を検討して良いのかは明記されていません。

図2: 僧帽弁形成術の模式図
a) 腱索再建術: 人工腱索を乳頭筋と弁尖の間に設置し、逸脱した弁尖を適切な位置に戻す。
b) 弁輪縫縮術: 左房側から僧帽弁を見た模式図。弁輪周囲に縫合糸をかけ、縫縮することで拡大した弁輪を縮小する。
MMVD ステージBにおけるリスクの層別化
MMVD ステージB2の犬には疾患が緩徐に進行する症例がいる一方で、急速にうっ血性心不全を発症する、いわゆる”進行したステージB2”の症例が存在します。そのため、正確な予後評価や治療方針決定のためには、ステージB2の中でもリスクを層別化する必要があります。
Mitral INsufficiency Echocardiographic (MINE) scoreはMMVDを簡便に評価できる心エコー図検査に基づく分類法であり、MMVDの犬における心臓関連死および全死亡のリスクを層別化することが可能です。
次の表2のようにスコアリングし、Mild (軽度)、Moderate (中程度)、Severe (重度)、Late-stage (末期)に分類することで (表3)、より正確な予後評価が可能となります。
過去の報告では、MINEスコア2のSevereに分類される症例を”進行したステージB2”と定義することが提案されており、MildおよびModerateに分類された症例と比較してエンドポイントである心臓関連死、うっ血性心不全 (以下、CHF)に至るまでの期間が有意に短縮することが報告されています。

表2: MINEスコア2における心エコー図検査指標のカットオフ値と各スコア

表3: 表2の各項目で得られたスコアの合計に基づく重症度分類
MMVDステージB2に分類された症例のうち、MINEスコア2でMild、ModerateおよびSevereに分類された症例の生存曲線は以下の通りです。3ヶ月 (3M)、6ヶ月 (6M)、1年 (1Y)、2年 (2Y) 時点でエンドポイント (心臓関連死、CHF)に至らなかった症例の割合を追記しています。(図3)

図3: MINEスコア2に基づいて分類したMMVDステージB2の犬における生存曲線 (Vezzosi T et al. 2025 より引用)
MINEスコアから考えるMMVD ステージB2の外科治療適期
MMVDのコンセンサスガイドラインとMINEスコア2の報告を合わせると”MINEスコアSevereの症例では僧帽弁形成術を検討してもよい”と捉えられます。
では実際ステージB2の症例に対して僧帽弁形成術を実施するメリットがあるかを検討するために、松原動物病院における僧帽弁形成術の手術成績およびMINEスコア2でMild、Moderate、Severeに分類された症例の3ヶ月、6ヶ月、1年、2年時点でのエンドポイント (心臓関連死もしくはCHF)非発生率を表4にまとめました。

表4: 松原動物病院における僧帽弁形成術の手術成績およびMINEスコア重症度別のエンドポイント非発生率
Mildに分類された症例では、エンドポイント非発生率が僧帽弁形成術の手術成績を上回っており、この段階での手術実施による予後改善効果は限定的である可能性が示唆されます。
一方、ModerateおよびSevereに分類された症例では、全ての時点で僧帽弁形成術後のエンドポイント非発生率が高く、手術実施による予後改善が期待できる可能性があります。
特にSevereに分類された症例では、2年時点までに半数以上が心臓関連死またはCHFに至ることから、同時点における手術成績との比較では、僧帽弁形成術によって予後が大きく改善する可能性が示唆されます。
以上より、MINEスコアでModerateまたはSevereに分類される症例では、僧帽弁形成術による予後改善が期待され、特にSevereに分類される症例ではその効果がより大きい可能性があります。したがって、これらの症例では僧帽弁形成術の実施を積極的に検討する意義があると考えられます。
松原動物病院で僧帽弁形成術を実施した症例
症例: 12歳8ヶ月齢、トイ・プードル、去勢雄、6.5 kg
術前

僧帽弁の変性および逸脱、それに伴う重度僧帽弁逆流が認められた。
術後

僧帽弁の逸脱はなく、術前に認められていた僧帽弁逆流は消失した。
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参考文献
- Keene BW et al. ACVIM consensus guidelines for the diagnosis and treatment of myxomatous mitral valve disease in dogs. J Vet Intern Med. 2019;33(3):1127-1140.
- Boswood A et al. Effect of pimobendan in dogs with preclinical myxomatous mitral valve disease and cardiomegaly: The EPIC Study-A randomized clinical trial. J Vet Intern Med. 2016;30(6):1765-1779.
- Häggström J et al. Effect of pimobendan or benazepril hydrochloride on survival times in dogs with congestive heart failure caused by naturally occurring myxomatous mitral valve disease: The QUEST Study. J Vet Intern Med. 2008;22(5):1124-1135.
- Vezzosi T et al. Risk stratification using Mitral INsufficiency Echocardiographic Score 2 in dogs with preclinical mitral valve disease. J Vet Intern Med. 2025; 39:e70215.