はじめに
肺動脈弁狭窄症 (以下、PS)は犬で最も頻繁に報告される先天性心疾患で、すべての先天性疾患の20-32%を占めます。PSは弁上部、弁下部領域にも発生しますが、犬では弁性狭窄が最も多いとされています。
PSは多くの場合、孤立性心疾患として発生しますが、三尖弁異形成や心室中隔欠損症など他の先天性心疾患を伴うこともあります。特にイングリッシュ・ブルドッグやボクサーでは冠動脈奇形を伴うことがしばしば報告されています。
病態生理
弁性PSでは右室流出路に閉塞があるため、駆出抵抗が増加し収縮期右室圧の上昇が引き起こされます。右室圧負荷の上昇に伴い壁応力を正常化しようとする反応として、右室の求心性肥大が生じます。この代償性反応は右室の拡張機能を低下させ、右房圧の上昇を引き起こすことがあります。

右房圧が15 mmHg程度まで上昇すると、頚静脈怒張、腹水などの右心不全徴候が生じます。PSを有する犬では右冠動脈の血流低下が報告されていますが、失神や運動不耐性などの臨床症状や不整脈に関与している可能性が示唆されています。また、右室の圧負荷に伴う機械受容器の刺激により、反射性徐脈や血管拡張が引き起こされますが、これらも失神の原因の1つと考えられています。
疫学
教科書的には以下の犬種に多いとされています:
ビーグル、ボクサー、チワワ、コッカースパニエル、イングリッシュ・ブルドッグ、フレンチ・ブルドッグ、サモエド、シュナウザー、ウエストハイランドホワイトテリア
上記の犬種以外で松原動物病院にて経験のある犬種は以下の通りです:
ポメラニアン、トイ・プードル
診断
臨床症状
・軽度〜中程度のPS:通常は無症状
・重度のPS:運動不耐性、労作時の失神、突然死、右心不全徴候 (頚静脈怒張、腹水貯留など)
身体検査所見
触診、視診
・中程度〜重度のPSでは、左心基底部 (左側第3-4肋間)にてスリルが認められることがあります。
・三尖弁逆流やうっ血性心不全 を呈する症例では、頚静脈の怒張・拍動を認めることがあります。
聴診
・左心基底部 (左側第3-4肋間)を最強点とする収縮期駆出性雑音が聴取されます。
・肺動脈弁の閉鎖遅延により、2音の分裂が聴取されることもあります。
心電図検査
多くの症例で以下に示す右室負荷所見を認めます。
・深いS波 (Ⅰ、Ⅱ誘導)
・右軸偏位
また、心室性不整脈を認めることがあります。

胸部X線検査
右房および右室の拡大 (赤矢印)、肺動脈主幹部の拡張 (黄線)を認めることがあります。
重度の症例では肺血管陰影の減少が認められます。

心エコー図検査
心エコー図検査はPSの診断および重症度評価に有用です。弁の形態や肺動脈低形成の有無により TypeA と TypeB 、さらに両方の特徴を併せ持つ分類不能型に分けられます。
| Type A | Type B | 分類不能型 |
| 弁性狭窄 | 弁肥厚+弁輪の低形成 | 両方の特徴を持つ |
| ・弁の軽度の肥厚
・弁尖の癒合を伴う ・弁の開放制限あり(収縮期にドーム状変形[Valve doming] を示す) ・肺動脈弁輪の低形成なし |
・中程度〜重度の弁肥厚
・弁尖の癒合は最小限 ・弁尖の低形成は症例による ・肺動脈弁輪の低形成を伴う |
・重度の弁肥厚
・弁尖の最小限の癒合 + ・肺動脈弁輪の低形成なし など |
PSに特徴的な所見は以下の通りです。
・肺動脈弁の様々な程度の癒合および肥厚、それに伴う肺動脈の高速血流
・肺動脈弁輪の低形成 (一部の症例)
・右室自由壁および心室中隔壁の肥厚
・右房、右室拡大
・心室中隔の扁平化
・肺動脈主幹部の狭窄後部拡張 (多くの症例)



重症度評価には狭窄部位の血流速度から推定される右室-肺動脈間圧較差が有用です。
簡易ベルヌーイ式を用いて算出されます。
推定右室−肺動脈圧較差 (mmHg) = 4 × 肺動脈血流速度 (m/s)2
| 重症度分類 | 軽度 | 中程度 | 重度 |
| 右室流出路血流速度 | <3.5 m/s | 3.5〜4.5 m/s | >4.5 m/s |
| 推定右室−肺動脈間圧較差 | <50 mmHg | 50〜80 mmHg | >80 mmHg |
心血管造影検査
バルーン肺動脈弁形成術の際に肺動脈および肺動脈弁の形態評価を目的に実施しています。イングリッシュ・ブルドッグやフレンチ・ブルドッグ、ボクサーでは左主冠動脈の異常走行を除外するため、外科手術やバルーン肺動脈弁形成術を実施する前に選択的冠動脈造影や造影CT検査が必要です。

肺血管造影検査:肺動脈弁の癒合およびドーミングが認められます (赤矢印)
治療
治療の必要性は推定右室-肺動脈間圧較差を用いた重症度評価によって判断されます。軽度の症例では治療は不要であり、予後は良好とされています。中程度から重度の症例 (推定右室−肺動脈間圧較差 >60 mmHg)では、右心不全、心室性不整脈、労作時の失神、突然死が認められることがあるため、治療介入が推奨されます。
バルーン肺動脈弁形成術 (以下、BPV)
バルーンカテーテルを外頚静脈もしくは大腿静脈から右房→右室→肺動脈に挿入し、カテーテル先端にあるバルーンを膨らませることで、狭窄した肺動脈を拡張させる手術です。TypeA のPSで有効とされていますが、高耐圧バルーン、カッティングバルーンを使用することで TypeB の一部の症例でも実施可能です。
松原動物病院では頸部の2〜3 cm程度の切皮のみでできる低侵襲な手術であり、順調であれば翌日退院が可能です。
81例の犬のBPV術後を調査した論文では18〜38%の症例で肺動脈弁の再狭窄の発生が報告されていますが、当院で再狭窄が発生した場合は状況に応じて再手術や外科手術を検討しています。

肺動脈弁狭窄症に対するバルーン肺動脈弁形成術
ウエスト状の狭窄部 (赤矢印)にバルーンを誘導し、ウエストが消失するまでバルーンを拡張させます。
経肺動脈ステント留置術
経皮的に肺動脈弁狭窄部にステントを留置することで狭窄した肺動脈を拡張させる手術です。バルーン肺動脈弁形成術で十分な拡張が得られない症例や再狭窄した症例、肺動脈の低形成、冠動脈異常が認められる症例などで実施が検討されます。
外科手術
バルーン拡張による肺動脈の拡張が困難と予想される以下の症例で実施が検討されます。
・弁上部や弁下部に狭窄がある症例
・肺動脈の低形成を伴う TypeB や分類不能型の症例
・バルーン肺動脈弁形成術後に再狭窄を起こした症例
体外循環下、心停止下で実施される手術で、肺動脈弁の切除とパッチグラフトを組み合わせて行われます。

1. 右室流出路〜肺動脈主幹部切開。
肥厚した肺動脈弁(矢印)が認められます。

2. 肺動脈弁の切除

3. 肺動脈弁切除後

4. 切開部にパッチを縫い付けることで狭窄部を拡張させます。
内科管理
中程度から重度の症例では心筋の酸素消費量を減少させ、心室性不整脈を抑制することを目的にβ遮断薬が使用されます。
松原動物病院でバルーン肺動脈弁形成術を実施した症例
肺動脈弁の開放制限はバルーン拡張によって改善し、肺動脈血流速度の低下を認めました。
(術前:5.9 m/s→術後:2.9 m/s)


ご紹介の流れ
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参考文献
1) Alexandra V. Crooks, Mark A. Oyama: Manual Of Canine and Feline Cardiology 6th 2025;CHAPTER12:720-732
2) Niek J. Beijerink, Mark A. Oyama, John D.Bonagura: Textbook of Veterinary Internal Medicine 8th 2016; CHAPTER250: 2986-2997
3) Claudio Bussadori et al. Balloon Valvuloplasty in 30 Dogs with Pulmonic Stenosis: Effect of Valve Morphology and Annular Size on Initial and 1-Year Outcome: J Vet Intern Med 2001;15:553–558
4) M. Stafford Johnson et al. Pulmonic Stenosis in Dogs: Balloon Dilation
Improves Clinical Outcome: J Vet Intern Med 2004;18:656–662